サ行五段動詞のイ音便化

作成:04年6月26日/04年7月3日更新

岐阜県方言におけるサ行連用形(タ形など)における活用

過去の研究における言及

奥村氏*1による論文によれば、各地域に見られる法則性として、 次のものを挙げている。

(a)サ行四段式使役辞等付属語の音便形は極めて少ない。
(b)少音節語は多音節語に比し、非音便形が多い。
(c)二拍語中、アクセント分類における一類語は音便形が稀。
(d)通ス申ス等長音語の音便形は稀。等々。

また、奥村氏は、サ行イ音便が使われている地域において、敬語辞(ラ)シタ・ナシタ形 が観察されることについても言及している。確かに、筆者の育った地域では「話さした」と言えば 若干の敬意を込めた言い方となる。(サ行イ音便が残っている直接の影響のあると思われる短縮形もあるが それについては別途記述する。)

岐阜県の非音便語として押ス貸す越す足す等を例示している。また、石川県で足ス・増す・消ス・燃ス等 は非音便語であるが、それぞれ、フヤス・ケヤス・モヤスの形に言い代えると音便化するという事例を「国立国語研究所編『日本の方言の記述的研究』」 から引用している。

以上は昭和43年に書かれたものであるが、昭和50年代に育った私もしっかり引き継いでいるようである。

美濃東部恵那郡旧阿木村出身者の整理

筆者(美濃東部)の感覚を整理してみると次のとおりであった。

  1. 貸す、成す・為す、伏す、増す、申す、よす は強制的にイ音便化したものから、元の言葉を想像するのが困難。
  2. 方言でしゃべると語形の変わるものは音便形をとりにくい。(蒸す→うむす、消す→きやす、かえす→かやす、燃す→燃やす)(変わった後の動詞は当然のごとくイ音便化)
  3. 「漢語」+「す」で形成された動詞(呈す、熱すなど)は音便形にできない。
  4. 言いつけていない動詞、文語(来す、醸す、煩わす、なびかす)は音便形をとりにくい。

サ行イ音便が現在まで使われている大きな理由の一つに、サ行5段動詞の「−した」という形が 尊敬を表す方法として用いられることの影響が考えられる。この尊敬表現の「−した」は音便形をとらない。また、 厳密に言えば、過去形(サ行連用形・タ形)の「話した(はした)」と尊敬の「話した(はなした)」は、 アクセントが異なる(高アクセント部を強調表示で表す。音便形「話いた(はいた)」は過去形「話した」と同型。)。 同様の尊敬表現は他の行の5段動詞にも、「書きた」「立ちた」「死にた」「産みた」「居りた(おりた)」という形で 見られる。これらの動詞は過去形は、「書いた」「立った」「死んだ」「産んだ」「居った」とすべて音便形をとる。 もし、サ行が音便形をとらなかった場合は、他の行に比べて若干識別性が下がると思われる。 このような背景からサ行イ音便が保存されてきたのではないかと推測される。


2004年6月26日作成 阿木人:E-mail:agi_jin_sa@yahoo.co.jp